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コラム



宮永マス様のこと。   〜 弔 辞 か ら 〜

喪主 前橋・在宅ケアネットワークの会
理事長 斎藤 浩


 私は昭和52年8月から約30年間、宮永マスさんの主治医を勤めさせていただきました。私はマスさんの主治医でもありましたが、時には友人であり、時には親子のようなお付き合いをさせていただきました。
 ご主人の宮永隆二氏が昭和49年9月15日に亡くなり、以来、宮永マスさんは前橋市南橘町の県営アパートの4階にずっと独居生活をされていました。
当初、往診の際、私が「ひとりだと何かと不便ですから、1階に移りましょう。」と説得しても、「いやです。ここにいます!」といわれ、終生、4階の部屋に住み続けました。
 その後、ほぼ欠かさず週一回の訪問を続けてきましたが、医療の必要性は余りなく、ほとんどよもやま話をして過ごして参りました。
 マスさんは、美しいもの、奇麗なもの、可愛いもの、モダンなもの、正直な人、優しい人が好きでした。音楽では、軽音楽や映画音楽、歌手では岸洋子、井上陽水の歌が好きでした。
 いかにおしゃれであったかを物語るご自身のお話ですが、戦時中、日本の女性はほとんどモンペ姿でしたが、マスさんは、モンペが嫌いで、とうとう一度も履かなかったそうです。そういう方ですから、普段から自宅では素敵なガウンを羽織っていました。部屋の中にはヌイグルミの人形がたくさん置かれ、若々しい雰囲気のお部屋で生活されていました。
 訪問し、二人で話し込んでいる時には、とても90歳を超えた一人暮らしの女性とは思えない、華やかで思量深く、好奇心に満ちた若々しい知性豊かな、誠に稀有の方でした。
 この30年間で、マスさんは4回入院されています。2回目の平成13年1月に右大腿骨頚部骨折で入院して以後、「私はどんなことがあっても絶対に入院はしませんから。」といい続けてきました。
 その年の7月、「先生、寂しいから、毎週2回来て下さい。」といわれ、私はそのようにしてきましたが、実はその一年ほど前から「寂しい、夕暮れから夜になるととても寂しい」と訴えることが多くなり、医学的には「うつ病」の症状があり、加えて、もの忘れも目立ってきました。認知症でもあったと思われます。(パキシル10mg 1日1回夕食後服用)
 のちにはローテーションで24時間の家政婦さんもお願いするようになりましたが、多くの関係者の支援をえて、マスさんはその人生を全うされました。
平成17年10月、胃腸障害で飲食ができなくなり、在宅での一人の生活が次第に困難な状態となりました。10月21日に訪問看護が入りました。鈴木陽子看護師にお願いしました。11月12日、マスさんと行政書士の木村信行氏、ご主人の友人の息子である石井祐之氏、そして私との四人で話し合いをもち、遺言書を作成することになりました。そうするうちにも体力低下が顕著となり、12月4日、「絶対に入院しない。」と言い続けてきたマスさんを口説き落とし北関東循環器病院に入院することになりました。
 北関東循環器病院では、中心静脈栄養IVH療法を受け、その後の社会復帰を目指しました。北関東循環器病院でのマスさんは個室で過ごし、「もう私は、自宅に帰りたくない。ここにずーっと居たい。」と入院生活に安堵しておられたのですが、咽喉に痰がつまる症状が酷くなり、かなり苦しい病態となりました。病院では速やかに?痰処置が行われ、回復に向けた生活が始められたものの、全身状態はよいといえる状態ではありませんでした。年が明けて平成18年1月5日、胃瘻造設術を受けました。その後は経管栄養療法となり、1月18日に城南病院に転院することになります。
 時にお見舞に伺っていた私は、この冬、一定の体力が得られるまでは、このまま個室での入院生活を送らせてあげたいと願っていたのですが、病院からリハビリを行ってほしい、と早期の退院が求められました。
やむなく、城南病院に転院しましたが、受け入れてくれた担当医は、全身状態の悪さを「想定外」であったと漏らしていました。もっと落ち着いて医療を続けて貰いたかった、と心残りに思っています。
 平成18年1月24日 午後9:10死亡。
 享年94歳でした。死因はARDS (adult respiratory disfress syndrome) 成人呼吸促進症候群という病態で、所謂、呼吸不全でした。
 前日の夜、亡くなるちょうど24時間前、私は6人部屋のマスさんのベッドサイドにいました。マスさんは、電気!、電気!、暗い!、寂しい!、死にたい!、助けて!、神様!と叫んでいました。そしていつまでも枕元にいる私に「先生、もう帰っていいよ」と2回ほど言いました。
 医師である私は、もうダメか!、ダメだ!と帰りの車の中で口ごもりながら帰ってきました。
 宮永マスさんに「私の斎藤先生」と言われたことは医師冥利につきると思います。医師と患者という間柄ではありましたが、本音で話し合える友人でした。70歳になる私の心に、いつもいつもスパイスを効かせてくれた、私のお宝の友人でした。 30年間にわたり多くの方にお世話になりました。
石井祐之さん。社協ケアマネジャーの井上英子さん。NPO前橋・在宅ケアネットワークの会の澤地まゆみさん。行政書士の木村正行さん。訪問看護師の鈴木陽子さん。
ありがとうございました。
皆様 本当にありがとうございました。

(平成18年1月27日 告別式で)

宮永マスさん 大正2年4月5日生  前橋市南橘町1-15 県営住宅4階
平成18年1月24日永眠



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